遍路とは

 

そもそもお遍路って何!?って感じやん。

遍路とは、弘法大師(空海さん)が四国八十八ケ所霊場を開創され(そう伝わっているそうです)、その88ケ所霊場を巡礼する行為やねん。

でもこの八十八ヶ所の霊場を廻る四国遍路が、いつ、どのようにして成立したのかは未だにわかってないねん。

しかも、実際に空海さんが歩いたという事実を証明する資料は無いねん!!!(この時点で、ルートがどうのとか、旧遍路道がどうのとかどうでもよくなるよね。)

更に、阿波の高越寺は弘法大師さん伝承が認められているにもかかわらず、札所に選ばれていないねん!どういう基準で88ケ所選ばれたかも謎らしいわ。

空海さん巡歴の伝承のほとんどは裏付けがないねん。

そもそも空海さんホンマにおったん??伝説の数々もあるよ。もはや日本昔話の世界よ。

弘法大師信仰が広がる中で空海と各札所との関係を説くストーリーが創作され、空海さんが四国遍路を開いたとする伝承が生み出されていったらしい!(愛媛大学四国遍路・世界の巡礼研究センターより)

でも、そんなことはもはやどうでもええねん。

歩きだしたら関係ないねん!どんどん四国が好きになるねん。

お遍路を考えた人の思うつぼやね(笑

大事なんは“楽しんで結願すること”やで!

お遍路の原型は平安時代に僧侶などが行っていた“辺地修行”やってん。

それを庶民化したのが現在の“お遍路”やねん。

江戸時代に初めてお遍路を書籍にしたのが眞念さんやねん。四國遍禮道指南(しこくへんろみちしるべ)という本です。正直、読んでもよくわかりません(笑

でも歩き遍路道はただの道ではなく、「人として生きる道という意味を含んでいる」とカッコいいことが書いていたわ。

 

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空海さんは、現在の香川県善通寺市でご誕生されてん。

だからか分かれへんけど75番札所、総本山善通寺はまぁ~立派やで!ほんでたびたび四国で修行されていたそうです。

お遍路は元々は修行僧が多かったらしいねんけど、空海さんに対する人々の信仰(弘法大師信仰)が高まって、一般の人も巡礼するようになってん。

お遍路 白装束

 

昔は巡礼中に死ぬかもしれへんから、いつ死んでもいいように白装束(死に装束)を着て歩いててん。決死の覚悟で行ってたのよ。

たまに無縁仏さんあるからそーゆーのがその名残やね。

こんな感じやね!お遍路!って感じやろ。

でも、これが正しいんちゃうで。

間違ってるわけでもなくて、何を着て、どんな目的で巡礼しても正解やねん!

歩き遍路してる人は、しんどそうな顔で“なんか背負ってます”って感じで歩いている人が多いような気がする。

どうせ歩くんやったら楽しい方がええやん!?その辺外国人の人は上手やわ。旅を楽しむのがうまい。

ちなみにお遍路第一号の西洋人は1917年アメリカのフレデリック・スタールさんです(笑

スタールさんの感想は「人々の温かいもてなしに感動しました。しかし、事前にこの旅の難しさや距離を知っていたら行く勇気がなかった」と言っています。

今とは全然違う装備やし、アミノプロもないしそれはしんどい旅だったでしょう。現代遍路の5倍は苦労したんじゃなかろうか。

歩き遍路で、結願する率はめっちゃ低いそうです。それは楽しんでへんからってだけやと思うわ。

四国の素晴らしさも知らずに諦めるのは勿体なさすぎるわ。

一人もええけど、ドラクエのようにパーティー組む方が間違いなくおもろいよ!経験済みやから。

一人やったら絶対続いてへんわ・・・

ちなみに白装束は香川県につく頃には汚れており、香川県の人は歩き遍路に冷たいという情報を現地で聞いてん。

でも全然そんなことはなく香川県の人たちはとても親切です。

こういう“現地あるある”も歩きやから得れる情報や思うねん。こういうのも歩き遍路の楽しみやで。

“お寺あるある”もあるけど、ここには書けません(笑